今回はトウガラシの辛味遺伝子の話です
トウガラシ学界における定説を覆す発見
辛くないトウガラシの遺伝子
トウガラシはもっとも身近な香辛料の一つです。パンとの関係で言えば、カレーやタバスコの辛さの元はトウガラシですので、惣菜パンやサンドイッチなどではなじみがあるでしょう。さらに言うと、パプリカやピーマンは辛味のないトウガラシの一種なので、野菜としても広く食べられています。トウガラシの辛味成分はカプサイシンという物質です。パプリカやピーマンは、この物質を合成するPun1遺伝子という遺伝子が突然変異で壊れて機能しなくなっています。そのため辛くないのです。世界中のパプリカ、ピーマンは、この遺伝子の壊れ方が全て同じです。つまり、世界中の全てのパプリカ、ピーマンは、たった一回の突然変異で生じた壊れたPun1遺伝子をもつ個体の子孫である、というのがこれまでのトウガラシ学界における定説でした。
ところが私たちはごく最近、市販のパプリカの中に、Pun1遺伝子が正常に機能している品種を発見しました。Pun1遺伝子が正常ならば、辛くなるはずなのですが、この品種は全く辛くありません。そこで他の遺伝子を調べたところ、pAMT遺伝子というカプサイシンのもととなる物質を作る遺伝子が突然変異で壊れていることがわかりました。pAMT遺伝子が壊れて辛味を失った品種としては、ひも唐辛子や紫唐辛子という甘とうがらし系の品種が知られていましたが、パプリカ、ピーマンでは世界初の発見です。この発見は、世界中のパプリカ、ピーマンは突然変異で生じた一個体の辛くないトウガラシの子孫であるというこれまでの常識を覆すもので、私たちが普段食べている身近な野菜にも今まで知られていたものとは違う起源があるということを示す、我ながらおもしろい発見だと思います。
私たちが発見したPun1遺伝子が正常でありながら辛くないパプリカ
筆者:笹沼恒男
2018.12