今回はエギロプスの話です
見た目はコムギと似ても似つかぬ姿ながらコムギの進化や育種と深い関わりがある野生植物
長い小麦栽培の歴史をもつシリアには貴重な品種が数多くあります
皆さんはエギロプスという植物をご存知でしょうか。エギロプスは、主に地中海から中近東にかけて自生するコムギに非常に近い仲間の野生植物です。エギロプスは学名で、20種ほどを含む属の名称です。英語ではゴートグラス、和名ではヤギムギと呼ばれます。コムギとは別の属ですが、交配も可能であり、コムギの進化研究や育種にとって重要な材料です。しかし、近縁種とはいえ、多くのエギロプスは、草丈が低く、穂の形もコムギとは似ても似つかぬものです。私がいたシリアでは、道端や公園にエギロプスを見ることができ、貴重な植物が自生していると感激したものですが、現地の人は気にもとめていませんでした。
しかし、エギロプスはただの雑草ではありません。私達の主食の一つであるパンコムギは、進化的には3種の祖先植物が交雑してできた種です。その祖先のうちの2種、クサビコムギとタルホコムギは、コムギと名が付きますが、実はエギロプスなのです。特にタルホコムギ(学名エギロプス・タウシー)は、グルテンの高品質化に深く関わっています。それ以外にも、近年では、交配によりエギロプスがもつ耐病性の遺伝子をコムギに導入する育種も成功しており、エギロプスはコムギの育種素材としてますます重要性を増しています。
写真の植物は、エギロプス・ウンベルラータという種で、中近東では比較的よく見られる種です。コムギとは全く違うのが分かると思います。ウンベルラータというのは、「傘のような」という意味で、穂の形が傘のように見えることからそう付けられました。私は、線香花火のようでとても愛らしく、観賞用植物にしたらとさえ思うのですが、皆さんはどう思われるでしょうか。
エギロプスの一種、エギロプス・ウンベルラータ。穂が小さく、一つの穂に2~3粒しか種をつけない。
筆者:笹沼恒男
2013.7